「ソフィアからの凱旋に想う」

ブルガリアサンボ選手権参戦レポート  佐々木豊

一回戦

5対3判定勝

二回戦

腕十字一本勝ち

準決勝

相手パッシブ失格

決勝

2対1判定負け

「総評」
結果がすべての世界にいることと、今大会の目標として金メダル獲得宣言していっただけに 銀メダルという現実は受け止めなければなりませんが、大会のレベル、準決勝 決勝での試合内容、主観的な意気込みではなく客観的第三者的分析による 現地点での自分の実力等から考えると充分満足の出来る内容でした。

「二つの戦略」
わたしはここ数年前から意識して試合での戦い方を大きく二つに分類し、その時期の心身の状態や成長段階にあわせそれらを選択しながら使い分けてきました。
1. 今の実力を出し切る戦い方と 2..今までの能力を超える戦い方です。
そこで発揮されるパフォーマンスを支えるのは日々のトレーニングシステムにあります。日々のトレーニングの結果を表現したものが試合時のパフォーマンスともいえます。
戦略とはどんなスタイルでどういう方向に進むかを決める事と、目標をどこに置くかをはっきりさせる事、そしてそこに至るまでのトレーニング計画のことなので、試合を控えたトレーニングにもこの二つの方法が存在することになります。

1.の内容は「ミスを最小限に抑え一番リスクの少ない安全な戦術を進める方法」となりますが、より科学的なトレーニングを屈指し過去の自分のパフォーマンスのいいところを再現し問題場面を極力露出させないため条件反射出来るまでドリル練習を繰り返していきます。完成しないスキルに関してはフィジカル面から体力的アプローチとメンタルコントロールからのアプローチで不足部分を補い、足りないスキルに関してはトップ選手等からモデルパターンを選択しそれらを再現するトレーニングを積み重ねることでパフォーマンスをつくり上げていきます。
このトレーニングは実力をいかんなく発揮できるように仕上げることが目的となり、その特徴は部分の集合体という点にあります。だだ、能力の範囲での最大限となるためそれを超える結果は期待出来ません。

一方、2.の己を穿つピークパフォーマンスの獲得にはもちろん1.の“実力を出し切る為”のトレーニングシステムが健康的に稼動しているか、そして、それを表現したパフォーマンスのレベルが一般的な水準をかるく上回っているかが第一条件となりますが、さらに常識となる科学トレーニングを超えた新たなトレーニングシステムが準備されなければなりません。
例えば今や常識となったメンタリティ“リラックス”によるグッドパフォーマンスが当てはまりにくく、落ち着いて考えながら戦うとは「意識下」という点がポイントとなり、自分を超えていく状態を作り出すには記憶が飛んでしまうようなトランス状態、「無意識下」がキーポイントとなってきます。つまり意識下では客観性と再現性という科学的アプローチの生命線が大活躍し、無意識下では客観性と再現性に乏しく科学的なアプローチが厳しいということです。
20年ほど前からよく科学トレーニング、科学トレーニングと、みんなが唱えるようになり、アスリート達は信仰のように一斉に飛びつきましたが、実はこれらは、大多数の者にあてはまる客観性を帯びた再現可能な理論を大前提に構築されたシステムであって既存のモデルパフォーマンスを徹底的に分析した結果の産物なのです。よって現行の科学トレーニングを確実にこなしていくとチャンピォンには難しいが(そこには間違いなくプラスアルファが存在します)上位のレベルにまでは誰でも到達できるのです。科学とはそういう方法論、不特定多数に当てはまる最大公約数なのです。
そんな中、トップアスリート達は確実に勝っていける戦略と、勝つか負けるかの勝負にでる戦略をうまく使い分けながら戦っていかなければなりません。彼らの苦悩はこのように理論整備されたシステムを超えたところに自らモデルパフォーマンスを示し、道なきところを切り開きながら先駆者となり、後に続く者達に提案し続けるところにあります。彼らには客観性と再現性をかねそなえた科学トレーニングという名の教科書はなく、自ら模索しながら押しすすめるしか前に進む方法はないのです。そこにはじめて己の壁を越える可能性が見えはじめます。
ただ目標とする状態を獲得出来たときはおもった以上の結果を収めることができますがその状態を獲得出来ない場合のほうが多いということです。勝つか負けるか、いい時は実力以上のものを得るがうまくいかないときは普段よりもわるい結果に終わります。

実例として、ご存知の方もいるとおもいますが私は一昨年、TBS系のテレビ番組「筋肉精鋭」の三色筋肉に2回出場しました。一回目は本戦、二回目は決戦大会です。
そこで大会に向けての戦略選択の際、練習でのスコアアベレージが190ラインであることと、マックスが250ポイントという数字を参考に、本戦では決戦大会に残るために堅く1.の自分の実力を出し切る戦略を選択しました。結果は192ポイントで見事決戦大会の出場権を獲得出来ました。そして、決戦大会に向けて250ポイント狙いの勝負にかける(優勝か全然ダメか)2.の普段の自分を超える戦略を選択して本番に臨んだわけです。結果は186ポイントにて惨敗、勝負したが為の結末でした。
決戦大会当時の練習スコアはアベレージで220ポイントまで伸びていたので1.の確実な戦略を選択していれば、本番時でも220ポイント付近のスコアを弾きだし さらに上位ランキングを狙えたはずです。しかしこの大会はチャンピォンになることのみに価値をおいた為に練習でも2,3回しか出せなかったスコア、250ポイントの再現にイチかバチかの勝負に出たわけです。この戦い方はひとつでも歯車が狂い出すと修正がきかずボロボロになります。
このように我々の世界ではバラエティーに位置するこのような番組出演にも ただ“全力を尽くす”とかの単純なものではなく、戦略的意思決定を確実に行いパフォーマンスのコントロールをしているのです。

もう一度確認しますが、1.の実力を出し切る戦略は店舗運営なんかと同じオペレーションシステムに作り上げているため戦術ごとにマニュアルが存在します。よって途中予想される例外発生には対応できる仕組みになっているのです。ただ、仕組みという枠内でのパフォーマンスなので大きい勝負には向きません。
2.の今までの自分を超える戦略は、色々な要因というかその流れに一気にのってしまえば信じられない結果を生み出すことになります。我々はこれをピークパフォーマンスとよんでいます。
この戦略の構造的特徴は1.の戦略が部分の集合体であったことに対して全体的な統合体という発想が必要になります。

「ブルガリアに向けて」
1.の自分の実力を出し切るトレーニングには数年に及ぶ量的なベースの上に質を追求したものが乗っかってきます。私自身のトレーニングの方向も競技生活20年のうち15年は量的なアプローチによる競技のベース作りに費やしました。後の5年はスキルの追求による徹底した質を高める方向にシフトしたことで競技成績も安定しました。しかし、格上の選手と戦うことで実力以上の結果を求むときには2.の今までの能力を超える戦略を選択して勝負しなければなりません。
今回の大会も2.を選択しての勝負にかけた調整でした。

ちなみに、ここ最近でこの戦略を選択し勝負に出たのは3年前の全米オープンの時です。この大会は私自身のプロ競技者としての存亡と存在価値を大きく試された大会でした。
優勝すれば正式なプロ契約に至り、生活環境と練習環境の両面からの保障が約束されていました。しかし、優勝以外だと準優勝であったとしてもそれらの契約にはたどり着けず、生活維持と練習環境確保の両立が難しく、かなり追い込まれた状態での崖っぷちのチャレンジだったわけです。
私の過去を振り返ってみると、意外と追い込まれた崖っぷち状態の方がいつも結果がよかった経験から、人生の岐路だったこの大会に大勝負をかけてうまくいい結果をつかみ、プロ競技者としての生き残り競争に勝利できたわけです。

そこで、通常の私のトレーニングは、質の高い負荷とそれに伴う疲労、そしてその回復とのバランスを重視したものですが、今回はそれらを無視、量的負荷により日々心身を追い込むことで無意識下に強烈なモチベーションを植えつけることからピークパフォーマンスに向かうことを目的としました。
主なものとして、正月返上で集中的にスパーリング計画を実施、12月20日〜1月16日までの本数は120本を越え通常の3倍にまで達しました。途中血尿が出たりでコンディションのコントロールには随分苦労しましたがなんとか大会までには仕上げました。また、減量の疲労がピークに達する大会の一週間前、つまりブルガリア遠征の二日前に国内の大会に出場(もちろん勝ちましたが)、あえて最悪のコンディションでも勝利をつかむシミュレーションを行い試合の感覚を確認した上で敵地への単独遠征を敢行したわけです。
結果的には完璧なピークパフォーマンスまではたどり着けませんでしたがこれまでの自分を超える試合が何試合も出来ました。

「リバウンドから新しい自分へ」
自分を超えたことの証明のひとつとして、フィジカルなリバウンドがあります。一般的なものとして体重のリバウンドがよく知られていますが、52kg級に出場したカラダは4日後には60kgにまで跳ね返っていました。(これについてはいつも約一ヶ月で元の体重に戻ります。心配ご無用です。)あとは、帰国後の高熱、時差ぼけ(現地入りしてからは大会まで集中出来ているのとテンションが上がっているのとで全く時差ぼけは感じません)、その他原因不明の発疹など、己の心身の容認力を超えたがために噴出したカラダの叫びです。帰国後一週間はかなり苦しみましたが、自分を超えた証とおもえばこれもまたうれしい悲鳴です。
この状態が元に戻ったときに、心身は今まで以上の容認力を得ます。これはウエイトトレーニングでいうところの超回復とおなじ原理です。そして試合時のパフォーマンスを再現するトレーニングシステムが完成した時に、はじめて自分の能力として身についていくわけです。
このように私は、科学トレーニングとそれを超えるトレーニングの模索を試行錯誤するなかで自分自身の成長を、競技力の成長を目指しています。
今回は2.の自分を超える方法を選択することで勝負にでたわけですが、私自身がプロの競技者という使命上普段その他の大会はすべて確実に、そしてミスを犯さないように1.の今の実力を出し切る方法を選択しています。

以上、今回の大会結果は目標とするところから大きくズレてないことがわかったこと、現地点での自分の実力と世界での自分の位置、世界の傾向とレベルが確認できたこと、ボンヤリとしかイメージできなかった新しい戦術の組み立て方に明確なイメージを与えてくれたこと等、非常に収穫の多い大会でした。

今年は競技生活20年の集大成の年となりますが このブルガリア遠征を経たことでまだまだ新しい自分に変われる可能性を見出し、ますます楽しみが増えました。
自分が描いた長期計画は順調に進んでいます。夢をつかむまでの階段はあと一段まで迫ったと実感しています。

                2001年2月8日 「ソフィアからの凱旋に想う」
                               佐々木豊