旧ソビエトの牙城に挑むサンボ世界選手権
寄稿
国内第一号のプロサンビスト  佐々木豊

マイナースポーツで、スポットライトの当たることの少ない、こんなスポーツでも世界の頂点を目指し、極めるべく、その栄光に何よりも価値を置く、そんな連中がここにいる。サンボ全日本チャンピオンの精鋭たちである。
彼らの横顔を見ていると、「ホッ」とした安堵感に包まれるのは、行往座臥、全ての生活に修験者のごとく、道を求む努力の日々、所属の道場での練習に飽き足らず孤独な出稽古に肉体と精神の可能性を追う鍛練の日々など、同じ志を持つものだけが知るよろこびや苦しみを垣間見ることができるからであろう。

想えば幼い頃、和歌山の、いわゆる日本の一番端で、いつも大空を見上げながら、『雲に乗ってみたい』と夢見ていた。ものごころついた頃になると、『日本一の男になりたい』と夢見る少年になっていた。年を重ね三十三になったが、人のあまり知らないサンボというスポーツで日本一のはしくれになれている。
遠征のたび、飛行機の眼下に雲のじゅうたんを見下ろす時、『あの青い空から大地を見ているんだ・・・』『日本一もつかむことができたんだ・・・』と、小さい自己満足にふけることができる。
今回の遠征は、スペイン、アストゥリアス地方「ヒホン」という街での世界選手権である。日本からスペインまでオランダ経由で、約二十時間の旅だ。

歴史はぬりかえられる

かの昔、日本が群雄割拠に燃えた戦国時代、世界の中心はイベリア半島にあった。当時、スペインやポルトガル等の国々は大航海の時代をこぞってアメリカ大陸や東アジアに進出、植民地政策による世界制覇をもくろんでいた。
彼らは、最先端の航海術と強力な火気兵器『大砲』の組み合わせで七つの海を制覇していく。彼らの大艦隊は、連戦連勝、文字通り世界中から『スペインの無敵艦隊』と恐れられていた。その『無敵艦隊』の拠点基地がこの「ヒホン」にあったという。
当時、スペインを出発した船が、はるか東のはて「黄金の国ジパング」にたどりつくまで二年はかかった。今から四百年前のはなしである。やがて世界にはせた最強軍団も新興勢力イギリス大英帝国にやぶれ、時代の印籠を明け渡すことになる。
いつの時代も王者には絶対的な強さはない。様々な要因にて劇的な王座交代が行われ強さが過去のものとなる時、歴史がぬりかえられる。

日本チームの切り札

チャンスはどこにでも転がっている。誰でもつかむことができるはずだ。ただ、その要因は、時節と機運を読み切る練り上げられた目と、勝利の女神を振り向かせるほどのパワー、すなわち『切り札』が必要となる。
今大会、世界選手権に挑む我々、全日本チームには、その切り札があった。女子52kg級'98年世界二位・藤井恵、男子62kg級'アジア二位・松本秀彦、同82kg級アジア二位・大山利幸である。
松本と大山はアジア大会二位に甘んじてはいるが、両者ともアジアチャンピオンをほんのわずかの差で逃しただけで、誰がみても実力はチャンピオンそのものである。その松本と大山、前回のリベンジにかける藤井が軸となって世界に挑む。彼らは日本が世界に誇るサンビストで、ファイナリストの資格十分の猛者たちである。男子52kg級佐々木豊(自分自身)についてもアジア四位終わったものの、ワンミスがなければ実力的に見ても銀メダル、ピークパフォーマンス時では金メダルのチャンスはあった。74kg級勢田誠一もアジア三位のロシアの選手に再戦で勝っているし、90kg級の榊原啓三もアジア二位である。68kg級の田中泰秀も前回の大会で世界のトップと接戦しているし、57kg級・奥山誠は初出場ながら柔道のキャリアは『ややもすると』との想像をかきたててくれる。

時代を変えていく予感

この二段構えの日本チームには時代を変えていくにおいが十分にある。私自身この十年日本サンボチームをみてきたが、今回のチームは過去のチームと明らかに志を異にしている。
これまでのチームの世界大会におけるテーマは「どこまで本場のサンボを肌で感じ取れるか?」であった。しかし、'96東京世界選手権の頃からは「どうやったら勝てるのか?」が主要テーマになっていた。
それから三年、今の我々には戦術的な準備がある。旧ソビエト十五の共和国のサンビストと対等に闘える仕上がりであるし、何よりもそれを越えんばかりの気概と勢いに満ちあふれている。
そもそも栄光をつかむ為、勝利者になるには何が必要なのか?目指す努力の方向は、「目標とするパフォーマンスを手に入れること!」。今の流行(はや)り言葉でいうなら、これが世界の定説!?だ。しかし、ここからが大変で、そこにたどり着くには、膨大な作業オペレーションを含むトータルシステムが必要となる。

目標達成の方程式

現役生活十八年、取捨選択のラセン階段をのぼりながら、現在、座右にしている目標達成の方程式がある。
1.高いモチベーション
2.強い意志力
3.正しい努力
の三点セットである。
高いモチベーションとは、何がほしいか、何を手に入れたいか、そして、その価値を誰よりも熱く強く熱望することである。
強い意志力とは、そのモチベーションと正しい努力を、妥協なくどんな困難にも耐えながら目標と価値を手に入れるまで持続し続ける気概の事である。
正しい努力とは、目標に向かう努力の方向である。努力のムダを省き高い生産性の中で努力の質をとことん高めること。例えば、「俺はこんなに努力をしているのに・・・・・ヤツはあんなに努力しているのに報われない」と、よく耳にするが、彼らは必ず努力の方向が間違っている。方向が間違っていると、おのずと到達する最終地点が違ってくるのは自然の原理である。たえず努力の方向が目指す方向に向かっているかチェックする。さらに努力の質を高める心技体を、ハード面とソフト面という切り口からトレーニングを進めていく。ハード面とは、競技に必要なエネルギー、階級に見合ったムダのない肉体など、体力トレーニングやダイエットはこの部分に含まれる。ソフト面とは、長期戦略や戦術、コンビネーション、個々のテクニック、メンタルマネジメントなどである。
以上のシステムを基本に己の能力を徐々に、そして確実に押し上げていく、ここで出来上がったパフォーマンスで試合に挑むのだ。

ハードさ極めるサンボの戦い

サンボの試合はハードさを極める。例えるなら、ビルの工事現場で中で激しいウエイトトレーニングをしながら百メートルを全力疾走!さらに数学の問題を論理だてながら一つひとつスピーディーに解いていく、頭上からは絶えず鉄クズや瓦礫が容赦なく降ってくる。ウエイトトレーニングは時間内ノルマ必達、百メートル走は自己ベスト死守、数学の問題も時間内に全問正解、しかも頭上からの落下物をすべて避けなければならない。こんなイメージである。とても非日常的な世界だ。
そんなハードな試合でピークパフォーマンスを迎えるには、野獣のごとく敵を喰らい殺す熱い闘争心と、どんなパニック状態になっても失うことのない氷のような冷静さ、状況を客観的に見極める分析力や、闘いの中で展開される多様な局面での正しい判断力などソフト面を、より鮮明に磨き研ぎ澄まさなければならない。

熱く激しく、そして美しく

以上、かくして『目指すパフォーマンスを手に入れる』準備を終えた我々は、満を持して天命を待つ。いよいよ1900年最後の王者決定戦、サンボ最大の祭典の幕開けである。
情熱の国、スペインでの試合は、あばれ牛と真っ赤な太陽に象徴されるよう、熱く、激しくそして、その美しさは芸術的でさえあった。
日本に切り札、三選手の活躍は、会場の注目と感動を試合ごとに奪っていく。
藤井は昨年の決勝では世界の壁をまざまざと見せつけられた結果に終わったが、今大会は強敵アルメニア共和国に一本勝ちするなど順当に勝ち上がり、決勝まで駒を進める。
決勝、ウクライナ共和国戦では、終始攻め続けたが『組み手』の印象が悪く、もう一歩のところで金メダルを逃した。
松本は、強豪ロシアとの対戦で実力の差をみせつけた。彼のスタイルと戦術の優位性を証明し、見る者を興奮させる一番となった。だが、まだまだ完成品ではない。試合は松本のペースで展開され、ロシアは自分の得意組み手にあることさえ許されず、彼のプレッシャーに終始逃げ腰のまま追い込まれる。中盤、両者がもつれた際に足首を負傷、その後はペースをつかめなかった。
大山は、大会直前の股関節脱臼というアクシデントにもかかわらず、足技、投げ技が使えない、ステップも切れない最悪のコンディションの中、上半身のみ、組み手だけでの攻防でもカザフ共和国を問題にせず、その後のウクライナ共和国戦では接戦の末惜しくも敗れた。彼は試合後、不完全燃焼を悔い、次の大会では世界チャンピオンになることを約束する力強いコメントを残した。

牙城をおびやかす威嚇射撃

彼ら日本の主砲は、スペインの大地に散りはしたが、旧ソビエトのシンボル、モスクワのクレムリンをかすめるには十分な威嚇射撃となったはずである。
第二の砦である自分自身もセミファイナルまで進出しながらメダルこそ手にすることができなかったが、自分のスタイルを貫き通し、ついてはウクライナ共和国をゲット!しとめることに成功した。
勢田も、闘魂の逆転勝利にてアゼルバイジャン共和国を撃破した。
今大会、我々には、切り札があるにもかかわらず、ついにサンボの牙城を打ち砕き新しい歴史を刻むことができなかった。フタを開けてみたら、『銀メダル一人、五位入賞三人』前の大会より若干いいだけの成績・・・。しかも各階級のチャンピオンは相変わらず、旧ソビエトの十五の共和国勢、彼らの強さだけが目立った。

栄光をめざして

どうやら、時節と機運の神様は長く腕を組んだまま、かぶりを縦には振ってくれなかったようだ。結果だけがすべての世界。「日本サンボ惨敗」は否めない。これが現実だ。ただ今回の内容は、我々の努力の方向が間違っていないことだけは教えてくれた。
まだまだ世界は広い。ゴールはもう少し先のようだ。
リベンジと新たな挑戦にかける今年は2000年。この千年に一度の年が、いかにも示唆的である。内容の濃い一年が送れそうだ。それぞれの成長も楽しみである。自分もしかり。
全ては、負けるも勝つもおのれ次第。価値あるものは、なかなか簡単には手に入らないようだ。
だからおもしろい。こんなおもしろいことはない。
フィナーレまであとわずか。Get the GLORY! 必ず、この手でつかみとってやる。