DIETについて

国内第一号のプロサンビスト  佐々木豊

DIETを始めるまえに

みなさん、「DIET」って何でしょうか?
体重落とす事ですか? 
もう少し突っ込んで体脂肪のコントロールですか?
本来、「DIET」の語源は“正しい食事”ですが、それが拡大して「ダイエット」という日本語は体重を落とすという意味になっています。
ぼくは、レスリング、サンボという体重別の格闘技を通して20年間自分の体重をコントロールしながら自分と向き合うことを強いられてきました。
その間、間違ったコントロール法で苦しみ、リバウンドで体重を落とす度に体重が増えていくという経験もしました。
体重コントロールシステムの基本が出来てからは、それをベースに巷で流行したダイエット法を自分のカラダを通して実験し、机の理論ではなく体験しながらその是非を感じてきました。もちろんデータもあります。
そんな意図的な体験の中から出てきた現地点での結論は、少し飛躍して「DIET」とは
「自分との対話〜自分を知る旅」だと考えています。

「核(コア)」

一般的には、DIETって体重(体脂肪)を絞ることのイメージが強いから、一定期間我慢するとか、耐えることだと考えがちでしょう。
でもDIETの意図するところは、みなさんが考えるような特別な期間を設けて難行苦行することではなく、カラダが本当に求めていること(個体維持の本能)にやさしく答えてあげることなのです。

心身のストレスはこころに歪みを生みだしますが、これを専門的には“認知の歪み”と言います。この歪みによって生理的な欲求の需要と供給のバランスがズレてしまいます。このズレが体脂肪として表現されるわけです。
だからDIETとは、仮の姿になってしまった自分からの脱皮、言い換えればやっかい物“体脂肪”に去ってもらうための手続き、本来の自分の姿に出会うための旅なのです。
そこを間違った認識や、即効性を求めて焦るあまり、我慢して耐えることを選択してたら必ずカラダの反撃に遭います。
カラダの反撃とはよく知られてるリバウンドのことですが「栄養が足りませんよ」というカラダの叫びなのです。
だれに対しての叫びでしょうか?
もちろん自分のことをよくわかっていない自分にです。
そして、その攻撃とは、カラダに脂肪を蓄えることですが、カラダのシステムが次に入ってくる少ない栄養を最大に利用するために自分の基礎代謝を下げてまでチョットでもチョットでも体脂肪としてキープしてしまうことです。
だから、我慢とか耐えることは、やせるための努力の方向ではなく、太る方向への努力なのです。
カラダのシステムはよく出来ていて、食べ物が必要量を超えても、必要量を下回ってもどちらも危機管理システムが稼動してカラダのタンクに脂肪をどんどん蓄えようとします。
これは、人類400万年の歴史の過程で深くDNAに刻み込まれた遺伝情報です。
みなさんがこれまで何回も、何回も気合を入れて根性モードマックスでがんばったにもかかわらずDIETに失敗し続けた理由はこんなところにあるのです。

そして、カラダが本当に求めていることの中身ですが、ここでいうカラダの欲求とは本能的な核の部分だと理解して下さい。
これは我々人間が生きるために絶対捨てることの出来ない最後の砦です。
生きる根源とか、生きる意欲といわれている部分です。そこを究極に突き詰めていったら「種の保存本能」と「個体維持本能」だけしか残りません。
種の保存本能とは性欲のことです。ヒト科のこの種を絶やすことなく親から子、子からそのまた子へと種を連続させるためにセットされた本能です。
地球上にあるすべての動植物に当てはまる根本的なシステムで、このシステムが稼動しないか、もしくは弱くなった“種”は種の生存競争のふるいから落とされ、地上からの存在を失うことになります。
だから、みんなわけもなくがんばれるのです!  う〜ん・・・?
個体維持本能とは食欲です。種の維持のために自分自身も子供を作り遺伝情報を次の世代に渡し、そして自立出来るまで育てたりしますが、そのためには自分本人が生き抜かないといけないでしょう。
生き抜くために動物として最低限の維持に必要な事が“食べる”ことです。
この本能に耳を澄まし、その欲求の核の部分を心身という観点から満たすことが出来たら、「ヒトのカラダってこんなにも可能性に満ちあふれているものなんだ」って絶対に感じます。
カラダが心理的にも生理的にもうまく機能しているからです。
これが、ぼくがいうカラダが本当に求めていることにやさしく答えてあげることです。

みなさんはいつも自分のカラダって思い通りにならない、言う事を聞いてくれないものだと思っていませんか?
DIETの核の部分をクリアしたら今まで自分の意志通りにならなかったカラダが一気に解放されます。
でもその欲求をキチンと満たせなかったら、カラダはワタシの求めているものではないでしょう!攻撃に何回でも出てきます。本能の反撃です。
それは、「食べたい」欲求の中身を、「何を」「いつ」「どれだけ」食べたらいいのかを知らずに食事して本当のニーズを満たせなかったからです。
せっかく買い物に行ったが、本当に欲しかった物がなく代替品を買った。最初のうちはそれでも良かったが結局自分の気持ちは満たされなかったからまた買い物に行く、こんなケースと全く同じです。
そこが生理的な欲求と心理的な欲求とのギャップでもあります。

究極のDIETは「カラダに必要なものだけ食べて、不必要なものは絶対に食べない」ということですが、そこまではいかなくともそれを知るためには、まず最初にDIETに関する正しい理論を知る必要があります。
その一方で知識と現実との差を埋める作業として 自分の表面的な部分ではなく芯の部分とも徹底的に向き合うことが必要です。自分との対話です。
それで、究極に自分の生理的な欲求通りに(たんぱく質が○○gで、炭水化物が・・・ビタミンが・・・etc)食事を与えることが出来たら もうそれは脂肪なんかひとつもついてない野生の動物と同じカラダです。

普通の人は「バランスよく食べなさい」って言われると、いろいろな種類のもの食べなきゃと思うでしょ。
よく、一日30品目なんていわれていますが、たしかにいい提案だと思います。全然間違っていないです。
でもどうやって30品目を食べたらいいか、みんなそこがわからない。
ここがポイントです。
それで、アレもコレもつまんでいるうちに結局、カロリーオーバーに陥ってしまうんです。みんな食べ過ぎです。本当に。
食べものって、チョットしたことですぐ度を超えてしまうんです。
だから、“バランスよく”のバランスってすごく微妙なところなんですね。
ヒトのカラダは過不足のない必要なカロリーが確保できても、たんぱく質や炭水化物、脂肪、ビタミン・・・etcのバランスがくずれると、やはり例の危機管理システムが稼動して体脂肪としてカラダに蓄えることで足りない栄養素を補おうとします。
バランスのくずれた食事だと カロリーが充分足りていても不足していても まず、カラダのサインとして「まだまだ食べたい」欲求が出てきます。
その欲求とは、たとえばビタミンが足りないから生理的な欲求として「何か食べたい」とか「何かもの足りない」とか感じるわけです。
それで、「アッ 何か食べたいなー でも何食べようか?」と思った時に、歪みを持った自分の心理的な欲求が「よし!ビール!」とか「ここはケーキでしょう?」ってことに普通はなるんです。
そしたら、ビタミンが足りないのに ビールだったり、砂糖だらけのケーキに気持ちを奪われたりで ますます栄養不足に陥りますよね。 
カロリー足りているのに栄養不足!いや、そんなあまいものではなく、カロリーオーバーで、しかも栄養不足って事態に外からはなかなか見えにくいカラダの中で陥ってしまうんです。
これは自覚症状が出にくいことなので、深刻な事態とは裏腹にないがしろにされがちです。
しかも、放っておけば放っておくほど生理的な欲求との差が開く一方です。
だから、みんな太ってしまったんです。

自分ではDIETしているつもりでも、生理的な欲求に反して我慢していたり、バランス考えているようでもカロリーオーバーであったり、
みんな努力の方向をまちがえて自分から太る原因をつくってるんです。
それで、「私こんなにもがんばって努力してるのにやせないんです」って焦れば焦るほど悪い循環にハマッテしまいます。
一度この悪循環に落ちたら抜け出すのに大変です。
DIETを実行する前に まずそのへんをキッチリ押さえないといけません。
自分が今まで なんとなく習慣になってしまった食事や、DIETに関するまちがった思い込みを打ち砕いて 新しい自分のライフワークと 新しい自分の信念を築き上げることなんですね。
習慣を変えるとは、自分の生き方を変えることです。
生き方を変えろなんて言われても簡単に変われるはずがありません。
本気になれるかなれないか、相当な覚悟が必要です。
ここが、DIETを始めるまえに一番大切なとこです。この部分のセットが中途半端だと必ず目標にたどり着く前に妥協します。
生き方を変えろとは、今までの生き方を捨てろという意味でもあるのです。

これは、チャンピオンを目指す競技スポーツでもまったく同じ発想です。
今まで築き上げた自分のよりどころを全て捨てるって、本当に勇気のいることですよ。
まー、現状に甘んじるつもりだったらわざわざリスク負って自分を変えていく必要はないですが、前に進みたかったら、壁を突き破りたかったら、もう自分を変えるしかないですからねー。
みんな、何かを変えないと前に進めないことはボンヤリとわかっているハズです。
でもその変えるべきものが自分自身なんだってことが ほんのひとにぎりの人しかわかってないんです。
だから、そんな人だけがチャンピオンになれるんですけどね・・・・・。
普通の人は自分の外ばかりに目がいって、目を向けるべき対象が自分自身の内側にあるっていうことが、思った通りにうまくいかないのはだれのせいでもなく自分自身に根本的な原因があるって なかなか気付けないものです。
生き残りをかけた競争を勝ち上がっていくには、自分をどれだけ知りつくしているかなんです。
チャンピオンになる秘訣ってそんなところにもあります。
DIETって、チャンピオンが味わうそんな部分も普通の生活の中で垣間見ることが出来るんです。
限られた一部の人間にしか与えられなかったハズのチャンピォンの資質、これをDIETを通して自分自身の中に見出すことが出来るのです。
つまり、だれでも平等にチャンピォンになれる素質があるということです。
あとは自分次第、「出来るか」「出来ないか」ではなく、「やる」か「やらないか」の差です。

話、チョットそれましたけど、DIETをとことん掘り下げることは自分を深く見つめることなんだって少しは見えてきましたか?

「セルフ マネジメント」

自分の感覚を理解し、知りながら心理的なギャップをだんだん少なくしていく。
この作業を毎日、毎日、何ヶ月も何年もかけて、こなしてはじめて自分の求めているものの表面的なものから深い部分の欲求を知りはじめるわけです。
そういうプロセスを経て自分っていうものを知る旅が進んでいくわけですが、自分の本当の姿を直視するって、実は結構つらい苦しいことなんですよ。
だいたい、自分のキライな人ってその人のキライな部分が自分にあったりするものでしょ? 
人に当たったり、怒ったりするのも、自分の弱い部分、イヤな部分がその人の中にみえるからでしょ。
自分がそんな個性なんだって認めること。そういう意味では、ぼくなんかダメで 弱いとこばかりでもうコンプレックスの固まりですよ。本当に。
でも、その逆もあって、チョットした成功にも感動できる自分を見つけたり、日々目標に向かう自分の凛々しさを見たり、出来る自分を発見したりで 自分の新たなイケテル部分も見えてきたりします。
そんなのをひっくるめて、自分の全てを受け入れ認めるところからはじめて 自分の可能性を知るわけですよ。
言葉を変えたら、“自覚” 自分に目覚めるってことですかねー。

自分の可能性に目覚めたら やっと、自分のことが信じられるようになってきます。
自分を信じるって 実は自信のことなんですけど。「オレってやれば出来るんだ〜!」とだんだん強く思えるようになってきます。
そしたら、次のステージへ、己の主体性を求めて一歩コマを進めていきましょう。
その主体性ってなんでしょうか?
いろんな情報を自分で考えて処理し、自分で判断することです。
ここをクリアすれば、巷に氾濫した「これだけで○○kgやせます」の無責任広告や、「あれはやせますよ〜」の根拠のない噂に流されることもなく、真意は自分の外ではなく、自分自身の中にあるのだからって、安い価値を笑い飛ばせるヒトになれるんです。
これは、人や物をあてにしがちな個性からの脱皮、自分で考えない思考停止からの脱皮なのです。
ここまで来たらあなたはもう“自立”出来ています。

“自立”の次は全ての責任は自分自身の内側にある“自責”という領域まで前進です。
この境地に達したら、もう何に対しても中途半端なことのない、腹を括った覚悟と決意に満ちた個性になれます。

そうやって自分と向き合うことで、自分自身をマネジメント出来るようになってきます。
思った通り、描いた通りの自分へ 今の自分を導いていけるんです。

DIETって小さくは「体脂肪のコントロール〜健康体をつかむこと」なんですが、大きくは「変われる自分の発見〜自己マネジメントへ自分を知る旅」なんですよ。
みなさんも、こんな発想からDIETに取りくんでみませんか?
きっと新しい自分に出会うはずです。
   ともにがんばりましょう!

                   2000.11.22 ウクライナ行きの飛行機にて 佐々木豊